2020年4月1日より民法改正により新たに創設された配偶者居住権について考えてみます。民法では配偶者居住権(民法1028条)、配偶者短期居住権(民法1037条)の2種類がありますが、ここではその経済価値が問題となる配偶者居住権(民法1028条)について触れたいと思います(配偶者短期居住権は遺産分割協議が終了するまで居住することができる法定債権としての性格を有しています。)。

 

[背景]

 非嫡出子の相続分を嫡出子の1/2とする改正前民法の最高裁による違法判決(H25.9)を受けて配偶者保護を目的として検討がなされたのを発端に、被相続人の死後も配偶者が住み慣れた住宅に住み続けながら同時に生活資金などの確保もできるようにと創設されました。

 

[配偶者居住権の意義など]

 配偶者居住権以外にも建物に居住できる権利としては使用借権(民法593条)や賃貸権(民法601条)があります。配偶者が引き続き被相続人が所有していた住宅に住み続けること、生活資金のための預貯金を多く相続できるようにしたいのであれば、これらの権利によっても目的は達成できそうです。使用貸借であれば、配偶者の生存中は権利が存続でき、権利の対価も無償ですし、賃借権であれば建物賃貸借契約を締結して相場並みの家賃を支払えば住み続けられます。しかし、配偶者居住権は無償であるうえ登記により第三者への対抗要件を備えるなど2つの権利の性質を併せ持ち配偶者の生活への配慮がなされています。また、配偶者居住権消滅後、当該権利は相続税課税の対象にならないとされているため、2次相続時まで考えると相続税対策にもなり得るというメリットもあることから、今後当該権利の活用が増えていくものと考えられます。

 配偶者居住権と使用借権、賃借権の違いを下表にまとめました。

無償という意味で近いのは、使用貸借ですが、その相違点はいくつかあります。

◇使用貸借との共通点

・無償である。

・配偶者(借主)の死亡によって終了する。(民法597条3項)

・使用収益によって生じた損害の賠償や借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から1年以内。(民法600条)

・賃貸物の全部が滅失等により使用収益できなくなった場合には、終了する。(民法616条の2)

・権利を譲渡することができない。(民法1032条2項)

・修繕、必要費を負担する。(1033条・1034条)

・市場価値はない。ただし、所有者や貸主との特定の当事者間で、清算すべき価値が生じる場合があります。(不動産鑑定士の観点からはこれが両者の大きな共通点と考えています。)

 

◇使用貸借との相違点

・配偶者居住権は、建物所有者の登記義務がある。(登録免許税(固定資産税評価額×0.2%)がかかります。)

・使用借権は建物所有者に変更があっても対抗できない(建物相続の場合は存続する)が、配偶者居住権は建物所有者の変更があっても対抗できる。

 

◆配偶者居住権の税務上のメリット

・配偶者居住権が配偶者の死亡や期間満了により消滅した場合、当該権利に対する相続税課税はないため、配偶者居住権を設定した方が節税になるケースがある。

・相続税の小規模宅地の特例(80%評価減)は適用可能。

 

[どんな時に評価する必要が生じるか]

 実際に配偶者居住権の評価が必要な以下のようなケースがあります。

 

①遺産分割時

②売買時

③建物所有者による配偶者居住権の買取時

④相続税の計算時

 

①遺産分割時

 遺産分割協議により配偶者居住権を設定する場合、配偶者居住権の財産額を把握する必要があります。相続税納税のための評価ではなく、現実に権利者が相続する経済的利益を求めるもので、相続税法23の2による評価結果とは異なります。配偶者居住権は市場性がなく取引事例などもないため、不動産鑑定士による鑑定評価によることが公平だと思います。

(ちなみに、登録免許税は固定資産評価額1,000万円とすると2万円になります。この時、申請手続きを司法書士に依頼する場合は数万円の報酬料がかかります。)

②売買時

 配偶者居住権が付着した住宅の所有権を同時売却して売買代金を配偶者と親族で配分する場合などが考えられます。或いは、配偶者居住権が付着した住宅の所有権を単独で売却する場合の適正な価格を求めるケースもあり得ます。

③建物所有者による配偶者居住権の買取時

 配偶者居住権の権利消滅前に建物所有者が権利を買取り使用収益する場合、配偶者居住権の適正な買取価格を評価する必要が生じます。

 この時、配偶者が受領する権利消滅の対価は譲渡所得の対象として配偶者に課税されます。配偶者の死亡や期間満了による権利の消滅の場合、親族への相続税や贈与税の課税対象にはなりませんが、配偶者居住権の合意解除又は放棄を行った場合で所有者への対価の支払いがない場合、或いは著しく低い対価しか支払っていない場合は贈与税の対象となってしまいます(相続税基本通達9-13の2)。

(参考)相続税基本通達 〈配偶者居住権が合意等により消滅した場合〉

9-132 配偶者居住権が、被相続人から配偶者居住権を取得した配偶者と当該配偶者居住権の目的となっている建物の所有者との間の合意若しくは当該配偶者による配偶者居住権の放棄により消滅した場合又は民法第1032条第4項((建物所有者による消滅の意思表示))の規定により消滅した場合において、当該建物の所有者又は当該建物の敷地の用に供される土地(土地の上に存する権利を含む。)の所有者(以下9―13の2において「建物等所有者」という。)が、対価を支払わなかったとき、又は著しく低い価額の対価を支払ったときは、原則として、当該建物等所有者が、その消滅直前に、当該配偶者が有していた当該配偶者居住権の価額に相当する利益又は当該土地を当該配偶者居住権に基づき使用する権利の価額に相当する利益に相当する金額(対価の支払があった場合には、その価額を控除した金額)を、当該配偶者から贈与によって取得したものとして取り扱うものとする。

④相続税の計算時

 相続税納税のための評価を行う必要があり、相続税法23の2の定めにより配偶者居住権等の評価を行います。             

 

[評価方法]

 配偶者居住権が設定されると一つの不動産に配偶者居住権と、配偶者居住権が設定された建物及びその敷地の所有権の2つの権利が併存することになるので、評価においては2つの価額を求めることになります。

 

ⅰ.相続税法による考え方

配偶者居住権の土地建物価額=A+D

A=B-(B×X×Y)

A…配偶者居住権の価額(建物)

B…配偶者居住権の目的となっている建物の相続開始の時における当該配偶者居住権が設定されていないものとした場合の時価

X…当該配偶者居住権が設定された時におけるイに掲げる年数をロに掲げる年数で除して得た数

X=イ÷ロ

    イ:建物耐用年数-経過年数-配偶者居住権の存続年数

    ロ:建物耐用年数-経過年数 

Y…当該配偶者居住権の存続年数に応じ、法定利率による複利の計算で現価を算出するための割合

※Bは固定資産税評価額を使用

※建物耐用年数は法定耐用年数×1.5(6月満たない場合は切捨)

※配偶者居住権の存続期間が終身の場合、厚生労働省の完全生命表の平均余命による

※Yは民法の法定利率3%(404条)による複利現価率

※イ又はロがマイナスになる場合は0

 

D=E-F

D…配偶者居住権の目的となっている建物の敷地の用に供される土地を当該配偶者居住権に基づき使用する権利の価額(土地)

E…当該土地の相続開始の時における当該配偶者居住権が設定されていないものとした場合の時価

F…E×Y

※Eは土地の相続税評価額

 

配偶者居住権が付着した土地建物価額=C+G

C=B-A

C…配偶者居住権の目的となっている建物の価額

A…配偶者居住権の価額

B…建物の相続開始の時における当該配偶者居住権が設定されていないものとした場合の時価

 

G=E-D

G…配偶者居住権の目的となっている建物の敷地の用に供される土地の価額

 

ⅱ.鑑定評価の考え方

 相続税法の計算過程をみると、配偶者居住権の経済価値を直接的に求めるものではなく、権利の存続期間と法定利率により計算される割引現在価値による割引された部分を間接的に配偶者居住権の価額として抜き出して求めています。土地は路線価、建物は固定資産評価額が使われます。

 これに対し、不動産鑑定評価では配偶者が実際に得られる効用と土地及び建物の時価をベースに権利の価値を評価していきます。

 具体的な考え方は以下のとおりです(公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会による研究報告を前提にしています。)。

 

ⅰ)配偶者居住権

 A…配偶者居住権の評価額

 B…配偶者居住権が付着した建物及びその敷地の評価額

 C…配偶者居住権が付着していない建物及びその敷地の評価額

とすると、それぞれ単独での経済価値はA+B<Cという関係になりますが、遺産分割時においてはCの経済価値を2つに切り分けることが目的で評価を行うためA+B=Cという関係を維持する必要があります。

このため、まずAは「経済的利益還元法」を適用して単独での経済価値(A’)を求め、次にBは「権利消滅時現価法」を適用して同様に単独での経済価値(B’)を求めます。そして、ここで求めたそれぞれの価格割合で下記のようにCの経済価値を配分してAとBを評価することになります。

 A=C×(A’÷(A’+B’))

 B=C×(B’÷(A’+B’))

 

・具体的にAの配偶者居住権の評価額を求めるは、まず、

  A’を「経済的利益還元法」により不動産を使用することにより得られる効用を建物の賃料に置き換えて、配偶者居住権の存続期間中の効用の総和を求めます。

  A’=(建物の賃料相当額-諸経費)×複利年金現価率

 〔 複利年金現価率:(1+y)-1/y(1+y)  y:割引率 n:配偶者居住権の存続 〕

・次に、Cの配偶者居住権が付着していない建物及びその敷地の評価額を原価法を適用して求めます。

・そして、B’を「権利消滅時現価法」を適用して求めます。「権利消滅時現価法」は、配偶者居住権が消滅して所有者が建物及びその敷地を使用収益することが可能な状態に復帰した時点(配偶者居住権消滅時の建物及びその敷地)の価格を現在価値に割引いて求めます。

 B’=配偶者居住権消滅時の建物及びその敷地の価格(※) × 複利現価率

 〔 複利現価率:(1/(1+y)  y:割引率   n:配偶者居住権の存続 〕

 ※戸建住宅の場合は原価法、区分所有マンションの場合は取引事例比較法や原価法などを適用して求めます。この時、権利消滅時において合理的に予測される建物及びその敷地の状況を入手可能な情報を基に価格に織り込んでいきます。

 A’とB’の価格割合を使ってCをAとBに配分してそれぞれの鑑定評価額をCの内訳として評価することになります。

 C×(A’÷(A’+B’))=A

 

ⅱ)配偶者居住権が付着した建物及びその敷地

 上記で求めた各価格から

 C×(B’÷(A’+B’))=B

 

ⅲ)それぞれが独立した財産として評価する場合

 第三者に配偶者居住権が付着した建物及びその敷地を売却するような場合、建物及びその敷地の価格の内訳価格として捉えずに独立した財産として評価することになりますが、その場合、“B×市場性修正率”や“(C-A’)×市場性修正率”などの方法で、市場性が低下することの影響を織り込んで評価することになります。

(配偶者居住権は譲渡性が否定されているので第三者を前提とする市場価値は成立しません。)

 

※出典:「 配偶者居住権等の鑑定評価に関する研究報告」(公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会)